世界で初めて体外受精児が誕生してから30年が過ぎ、これまで、世界中で100万人以上の体外受精児が誕生しています。国内では、1983年に第1号が誕生、現在では、新生児の55人に1人の割合で誕生しています。不妊に悩むカップルは7組に1組とも言われ、これらの数字からも、不妊は決して特別なことではない、とても身近な問題だと言えます。しかし実際は、生殖補助医療に携わる専門家や、一部の当事者間でのみ取り上げられることの方が多く、生殖補助医療に関する報道があっても、ほとんどの人は、それを他人事で済ませてしまっている現状です。そこには、生殖に関する誤った知識と、社会的・文化的につくり上げられた通念が大きく影響していると考えます。

 

「避妊をしなければ妊娠するか?」「不妊は女性側だけの問題か?」「生理のあるうちは妊娠できるか?」「生殖補助医療を受ければ赤ちゃんが授かるか?」答えは全てNOです。どんなに医療が進歩しても、男女半々と言われる不妊の原因を100%解明することは不可能です。妊娠は、女性の年齢が大きく影響しており、妊娠する能力は、20代後半より徐々に低下し、安全生殖年齢である35歳を過ぎると、その下がりは顕著です。生殖補助医療は生殖年齢を延ばすことは出来ません。治療を受けた約半数のカップルは、願いが叶うことなく不妊治療施設を後にします。

 

 治療の説明を受けた患者さんの多くは、「こんなこと今まで誰も教えてくれなかった。学校でも、親も・・・」「正しい知識を持っていたら、子どもについて、もっと早い段階で考えていた」と話されます。私たちが学校で受けた性教育は、避妊中心のものでした。子どもを産めない女性を「石女(うまずめ)」と呼び、「嫁して三年子なきは去る」ものとして、家制度からはじき出されていた時代は、遠い昔の話。多様な生き方が認められる時代を謳歌しているつもりだったが、不妊に直面し、コントロール出来ない生殖の現実、根強く残る社会通念、そして、それらに縛られている自分とも直面することになります。

 

子どもを持つという「あたりまえのこと」が出来ない自分。男として、女としての欠損感や劣等感に苛まれる。不妊に対する周囲の無理解や干渉、先の見えない治療を繰り返すことによる、身体的・精神的・経済的負担の問題、SEXの問題も含めた夫婦間の問題など、不妊を取り巻く問題は複雑かつ深刻です。

 

当研究所の生殖心理カウンセラーは、子どもを持つ・持たない・持てないに関わらず、その人は自分の人生を豊かに生きることができるという視点から、患者さんなりに不妊と折り合いをつけ、その人らしく生きていくために心理的援助を行っています。しかし前述したように、不妊に付随する問題は根が深く、当事者だけの問題ではありません。また、不妊については、国が推し進めている、ワークライフ・バランスを考える上で必要となる知識であり、生殖補助医療のソフト面、第三者からの精子・卵子・受精卵提供、代理出産に対するルール作りが社会の緊急課題となっている点からも、不妊を社会の共通認識とし、国民的議論がなされるべきだと考えます。そのためにはまず、より多くの人に不妊の現状を知ってもらうことが大事であると考え、当研究所では、当事者の声を社会に発信していくとともに、生殖・生殖補助医療に関する正しい知識を普及・啓発する活動を行っていきます。